英元首相ウィンストン・チャーチルのことば

Winston Churchill

日本語訳:

「悲観的な人は、好機の中にいつも困難を見つける。楽観的な人は、困難の中にいつも好機を見つける。」〜 ウィンストン・チャーチル

英語解説

pessimist /pésəmist/ (名) 悲観論者

see /síː/ (動) ~を見る

difficulty /dífikʌ̀lti/ (名) 困難

in /in/ (前) ~の中に

every /évri/ (形) ~ごとに

opportunity /ɑ̀pərtjúːnəti/ (名) 好機

optimist /ɑ́ptəmist/ (名) 楽観主義者

今更ですが、ウィンストン・チャーチルって誰?

戦時中の1940–45年および1951–55年イギリスの首相を務めた。ノンフィクション作家でもあり1953年にはノーベル文学賞を受賞。

イギリスでは現在でもチャーチル人気は高く、2002年にBBCが行った「100名の最も偉大な英国人」の世論調査では1位。また、2016年から発行される予定の5ポンド紙幣の裏面にチャーチルの肖像が使用される予定であり、イングランド銀行総裁サー・マーヴィン・キングは「偉大な英国の指導者」と述べたそうです。

一方で、チャーチルは自分が「選ばれた者」であり、全ての運命を決定する存在なのだと思い込んでいたと言われています。たとえ自分や自国が実態の上でどれだけ没落していようとも顧みることもなく、自分を超大国の指導者と信じ、アメリカのルーズベルト大統領やソ連のスターリン大元帥と対等の存在だと思い込んでいたと言われています。

チャーチルが経験した挫折の数々

  • 第一次世界大戦時には海軍大臣、軍需大臣として戦争を指導したが、アントワープ防衛やガリポリ上陸作戦で惨敗を喫し辞任。
  • その後、ロイド・ジョージ内閣で戦争大臣と航空大臣に就任したが、主張の反感を買い、植民地大臣への転任を命じられる。
  • スタンリー・ボールドウィン内閣では財務大臣を務め、イギリス貿易が弱体化する中、金本位制復帰を行ったが失敗。第二次世界大戦を機にチャーチルは海軍大臣として閣僚に復帰したが北欧戦で惨敗。
  • チャーチルが首相就任後、1941年12月以降、東方植民地である香港をはじめとするマレー半島一帯のイギリス軍の相次ぐ陥落やインド洋からの放逐などの失態を犯した上に、何とかイギリスの植民地として残っていたインドやエジプトでの反英闘争激化を招く。
  • 1944年6月にノルマンディー上陸作戦で攻勢に転じたものの、1945年5月にドイツが降伏すると労働党が挙国一致内閣を解消し、総選挙で保守党は惨敗。チャーチルは首相を退任。
  • 第二次世界大戦後、イギリスはアメリカとソ連に並ぶ戦勝国の地位を得たが、インド等の植民地のほぼ全てを失うこととなり、世界一の植民地大国の座を失って米ソの後塵を拝する国に転落。
  • 1951年に再び首相に復帰。1955年に政界から退く。

チャーチルの人気が高いのはなぜ?

これだけの挫折を味わっているにもかかわらず、イギリスの首相を二度も経験しています。その原動力はなんだったんでしょうか。また、イギリスという国にこれだけダメージを与えた張本人の一人であるにもかかわらず、現在もイギリスでは人気が高いというのは、チャーチルとはどういう人物だったのでしょうか。

よほどの “Optimist” であったのでしょうか。そうとしか考えられないような気がします。”Pessimist” であれば、このような多くの挫折を味わう前に、前進することを諦めてしまうのではないでしょうか。

もうちょっとチャーチルのことを知りたくなってきました。

 

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